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海印寺の東西寺刊板殿と法宝殿に保存されている全156種、5,987板の経板のことをいう。海印寺雑板や寺私刊板と呼ぶこともあり、2007年6月“海印寺高麗大蔵経および諸経板”という名称でユネスコ世界記録遺産に登録され、諸経板と言う。

高麗時代と朝鮮時代を経て、1959年3月まで持続的に造成された経板が含まれている。これらの経板の中で3本(貞元本 晋本 周本)である<大方広華厳経><妙法蓮華経><金光明経>などは、国宝第32号海印寺高麗大蔵経板(八萬大蔵経)に含まれている経板の種類と重複している場合もあるが、さまざまな種類の新しい経板も編入されている。そのほとんどは、仏教経典と仏教儀礼集と変相図(仏教経典の内容を縮約して刻んだ図)、新羅、高麗など、韓国と中国の高僧の文集であり、歴代年表と個人詩文集と八萬大蔵経の印経発願文、千字文なども一部含まれている。韓国の著作としては、新羅時代の元暁、義湘、高麗時代の大覚国師義天と普覚国尊一然と覚海大師体元(向如)などがつくった個人文集と一緒に高麗中期、儒仏知識人参禅居士 白賁華(1180〜1224年)の詩文集である<南陽詩集>などが代表的に編入されている。

このうち、高麗時代経板は、1982年5月に“海印寺高麗刻板”の名称で国宝206号(総28種、2,725板)および宝物734号(総26種、110板)に指定された。これら経板には経典の執筆者や翻訳者のほか、助成事業の主体、時期、場所や経緯などを記した誌文や跋文をはじめ、経板を直接板刻した彫刻家なども表記されており、その経板の歴史、文化的な性格を把握することができる資料を豊富に含んでいる。特に、13世紀半ば、高麗国大蔵都監や高麗国大蔵分司都監で刻まれ、海印寺法宝殿と修多羅蔵に奉安されている海印寺 高麗大蔵経板の板刻空間や造成経緯、彫刻家の出身成分と現実認識などを明らかにする源泉資料もかなり含まれており、歴史的・文化的価値が非常に高い。辛丑年(高宗28、1241)5月、伽耶山 下鉅寺(下鋸寺)で作られた<大方広仏華厳経疏>と<大方広仏華厳経随疏演義鈔>、丙申年(高宗23)6月、海印寺で板刻された<仏說梵釋四天王陁羅尼経>などに刻まれた認文・跋文と彫刻家の資料は、下鉅寺と海印寺が八萬大蔵経板の板刻空間の中の一つの場所だったという事実に加えて、この寺院の思想的傾向や現実認識、参加彫刻家らの出身成分などを解明するために活用されている。


海印寺寺刊板は、大蔵都監と分司都監で板刻された国宝第32号海印寺 高麗大蔵経板とは異なり、寺院と地方官庁と個人が主導して造成した。助成寺院としては、伽耶山 下鉅寺、海印寺、仁興寺などが、官庁としては雞林府(現在の慶州市)などが、個人的には覚海大師 体元や惠円などの僧侶らと共に、武人執権者 崔瑀(崔怡)、逸庵居士 鄭晏(鄭奮)、順安山城防護別監 李栄、東京副留守 朴随、鹿鳴郷戸長 李勝光などの官僚と地方勢力も含まれていた。

海印寺 寺刊板の歴史的・文化的価値は、まず、統一新羅〜朝鮮時代の不足している資料を補完することができる源泉資料をそのまま含んでいるという事実から重要性を持つ。特に、<高麗史>編纂過程で不足している仏教資料などを豊富にし、高麗王朝実録を復元するのに重要な源泉資料として活用することができる。次に、高麗と朝鮮時代の出版印刷術と木材加工能力を把握できる資料でもある。現在、断絶した高麗時代の木材加工の技術力を復元することができる源泉資料であるため、今後、木材文化遺産の復元作業にも積極的に活用することができる。三番目は、当時、韓国の仏教教育レベルや能力を確認できる資料でもある。その中で起信論に関する資料は完全ではないが、貴重な資料として認められている。四番目は、当時の版画の傾向を把握することができる。<大方広仏華厳経(晋本、周本)>と<仏説預修十王生七経)>と<妙法蓮華経>などの経典の内容を縮約し、絵で刻んだ変相図は13〜14世紀と朝鮮時代の仏教版画を探索できる重要文化遺産である。最後に、国宝第32号海印寺 高麗大蔵経の造成背景や板刻の組織体系、参加彫刻家の出身成分、当代の現実認識、海印寺への移安時期などを復元することができる源泉資料をそのまま含んでいる。

このような歴史的・文化的価値によって、海印寺の寺刊板も韓国民族文化の重要な情報を含んだ貴重な記録文化遺産に位置づけることができると判断される。

一方、現在、海印寺聖宝博物館には、東晋の仏陀跋陀羅が漢文で翻訳した60巻以上の晋本<大方広仏華厳経>の中で第45巻 21枚の経板が保存されている。この経板は巻尾題である大方広仏華厳経 巻第45の次の音義に続く部分に、本経板の造成時期や経緯および主体などを記録した成軒の記文が刻まれている。この記文によると、1098年(粛宗3)3月、伽耶山 海印寺の依止僧侶成軒が天長地久(空と地のように変わらず永遠なこと)を祈願しながら、財物をお布施し造成したという。本経板は、海印寺 寺刊板の目録に抜けているが、11世紀海印寺の木版印刷術と華厳経学の能力を計ることができる重要な民族文化遺産として評価される。

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